一度は見ておきたい四国の桜(1)     内子町石畳のしだれ桜

場所 愛媛県喜多郡内子町石畳

私は、この桜をはじめて見たとき、その生命力のあまりの凄さに感動し、なかなかこの場を離れる気持ちになれなかった。

2006年4月8日

 2000年4月にこの桜を見て以来、今回は4回目である。最高のタイミングだった。ちょうど満開、散りもせず、空はよく晴れていた。この写真は私が去り際にただ名残を惜しんでシャッターを切ったものだが、この桜を観る人々の心をうまく捉えることができたと思う。中央には桜の威容に陶然として見入る男の姿がある。左下には花見を終えて、立ち去り際に桜の姿を再確認するように振り返る夫婦が写っている。ここに訪れる者は誰もがこのように振舞っているのである。
 下の2枚の写真を撮った2000年の記憶をたどると、この桜に寄せる里人の想いがじわじわと伝わってくる。時期としては少し早いが、桜の横には鯉のぼりが泳いでいる。小石のころがっていた桜に向かう小道は枕木で敷き詰められ、優しい心が足元から伝わってくる。この小道の脇にはラッパ水仙やチューリップが植えられた。何よりも大きな変化は桜の前で景観を汚していた電柱が取り除かれたことである。この写真の反対側にはタバコの苗を育てるハウスがあるが、そのハウスを超えて撮影できるように足場までが作られた。
 この桜の見物を終えて道を下ると、農家の軒先に長いテーブルが置かれ、手打ち蕎麦や草もちが山菜などとともに売られている。あちこちの家から寄り合ってきた人々が蕎麦を打ち、草もちを作っている。どこにでもあるような光景ではある。行く人々には「商売ッ気」を出しているとも思えるかもしれない。しかし、遠くからやってくる我々が見物料も払わず、この桜をかくも美しく見ることができるように心を配る里人に、一瞥して立ち去るだけでよいのだろうか。この桜の美しさは桜自体によってだけ実現されているのではない。里人によって実現されたものでもある。樹齢150年とも250年ともいわれるこの桜樹は、その絶頂期には樹影が10アールにも及んだというが度重なる台風や落雷によって瀕死の状態になったという。それを再び、三度再生させてきたのが里の人々である。この桜は何よりも生きることの厳しさと気高さを示し、そして勇気を与える。私はカミさんと共に各々一枚の蕎麦を注文した。

2000年4月

2000年4月