茅茫庵 「 自適農の世界 」
 
はじめに
私の野菜たち
なぜ野菜の栽培なのか
キュウリ
トマト
「自適農」とは何か
ナス
農薬使用から無農薬への道のり
苗つくり
「旬」について
 
 
 
The world of the quiet farming
Introduction
My vegetables
Reason why I grow vegetable
 
 
 
福岡正信の自然農法と茅茫庵
  


 トマト・とまと
                

                                          

 私の最も古いトマトの記憶は、小学生の頃に「ホウズキトマト」と言われていた小粒のトマトである。今はミカン畑になっているが、毎年、たくさんのトウモロコシを作る畑があった。トウモロコシの収穫が終わり、トウモロコシの残渣を全部取り除いてしばらく放置していると、ところどころ、緑の繁みができた。その繁みには小さな赤い実がついている。これが「ホウズキトマト」といわれていた小さなトマトである。栽培することなく出来た「おのれ生え」のトマトであった。私の子供の頃は、季節季節に出来る果物や草木の実は何でも口に入れて、おやつ代わりにしていたのだから、この小粒のトマトも当然のように、私たちのお腹に入っていった。甘酸っぱいトマトは小さくても美味しく感じられた。この当時、大きなトマトは本の中でみたことがある程度で、実物をみる機会はなかなかこなかった。

 ある年の夏、同じ集落の農家が広い畑いっぱいに、トマト畑を作った。大きな竹で組まれた支柱にトマトの茎が括り付けられ、赤い大きな実がぶらぶらしていた。まぶしいような赤い実であった。この夏を境に、我が家も含めて、あちこちの畑で大きなトマトが栽培されるようになった。しかし、あまり美味しいトマトを食べた記憶はない。今のように色々なドレッシングが普及している時代ではなかったので、スライスしたトマトにしょうゆをかけて食べたりしていた。トマトとしょうゆの混じった味はなんとも言えない妙なものだった。まずいというわけではないが、美味しいとも言いがたかった。

 私がはじめて、トマトを栽培しようとしたのは、小学生の高学年になってからだった。一本だけ植えたトマトは草丈が大きくなったが、一個の実もつけなかった。それ以来、平成元年にトマトを植えてみるまで、三十年近く栽培を試みることは無かった。



 平成元年に、私が2度目のトマト栽培に挑戦したのは、庭先でのことだった。DIYで買って来たトマトの苗を庭に植え、やっと実をつけさせたのが、この写真である。3本植えたトマトには、それぞれ赤い実をつけているが、実は3段しか着かず、食べられる程度に熟したのは数個でしかなかった。

 この家の宅地は、みかん山を大手不動産業者が開発したところで、土は松山市周辺のどこにでもある黄土色の「真砂土」といわれる砂混じりの土である。掘り返された真砂土は、水をどんどん吸い込んでいくが保水性は悪く、固まった状態では水の吸収が悪く、極めて硬い。掘り返そうとしても、なかなか鍬やスコップが入らない。土は植物が育つにふさわしい養分を持っていない。私の庭はそういう土だった。まさに痩せ土だった。根元に青草を敷いてやったり、米のとぎ汁をやったりしながら、なんとか実をつけさせたのがこの写真のトマトなのである。収穫できたトマトの数は少なかったが、トマトの味は大変良かった。じゅくじゅくとした種のある部分が少なく、甘くて果肉が詰まった美味しいトマトだった。

 

 平成元年にキュウリを作った畑で、平成2年の初夏、トマトを植えた。貰った苗を10本ほど植えた。  

  


この2枚の写真はそのときのものである。苗を定植したのは6月のはじめだった。畑の土はそのままで、鍬で穴を掘って苗を植え、無肥料、無農薬だったが、トマトの根元には刈り取った青草を敷いてやった。トマトの根元で茶色になっているのが、枯れた青草である。収穫したトマトは8月12日のものである。梅雨が明けて、気温が上がり、茎と葉をぐんぐん伸ばし、元気な花が順調に受精し、実ったのがこのトマトである。

 トマトの苗を6月に入って定植するというのは、この地方でのトマト栽培としては遅い時期の定植になる。大体、4月半ばから5月半ばまでがトマトの苗が売られている時期だからである。このトマトの定植がなぜ6月になったかというと、購入ではなく、4月はじめに畑に種をまいて常温のまま、栽培した苗だったからである。5月はじめまでに定植される購入苗は、購入した時点で既に花が咲いていたり、実が着いていたりするから、6月の中旬にはもう赤くなって収穫できるほどになる。しかし、この時期は、梅雨の真っ最中だから、太陽の光をあまり受けておらず、土は水をたくさん含み、空気は湿気をたっぷり持っているから、美味しいトマトにはならない。ところが、この写真のトマトは、梅雨が明けた7月中旬あたりから、1ヶ月近く太陽の光を受けて育っていたので、美味しいトマトになっていた。

 平成3年には、同じ畑で、連作を避ける為、少し場所を変えて苗を植えた。トマトの出来具合は平成2年と同じ程度であったが、私はこの時、一つの試みを実践した。野菜栽培の本や、周りの人々は口をそろえて「トマトの脇芽を取れ」というのである。本を10冊見れば間違いなく10冊が「トマトの脇芽を取れ」と書いているといってよいくらいだ。

松山のあたりでは、トマトの脇芽を伸ばしていると、どこからともなく人が近づいてきて「トマトの脇芽を取りなさい」と指導していく、という話さえ聞く。私も近しい人から「トマトの脇芽を取りなさい」といわれた。だから、1年目と2年目は脇芽を全部取った。しかし、私は脇芽を取ってしまうことには、釈然としない思いが募っていた。脇芽を全部取って一本立ちにするのではなく、脇芽を一つ残して、とりあえず2本立ちにしてみたらどうだろう。ミニトマトの場合は脇芽を取らずに枝を張らせているものもたくさん見られるが、大きいトマトの場合は大抵1本立ちにしているというのが実情である。だから、この試みはある種の勇気が必要だった。それで、10本ほど植えた中で、1本だけ2本立ちにした。こうして栽培した結果はどうだったろうか。2本立ちにしたトマトが一番多い収穫を実現したのである。一本立ちより、2本立ちの方が、収穫が多い。この結果は、この後の私がトマト栽培において色々な試みをするきっかけとなった。

 平成9年までは、普通に栽培されているトマトと同じような具合で栽培していたのであるが、平成10年になって、私の心が大きく動き始めた。この年までは、トマトにはあまり肥料を使っていなかったのであるが、定植する時に大きな穴を掘って草堆肥を入れて有機配合肥料を与え、更に定植した苗の周りに同心円状に溝を作って枯草を埋め込んだのである。定植時期は5月の連休であった。トマトは、猛烈な勢いで成長をはじめた。そして、たくさんの脇芽を伸ばし始めた。私は、このとき以前から気になっていた「脇芽」を残す決断をした。定植した5本のトマトの、全ての脇芽を伸びるままにした。5月の暖かな日差しを受けて順調に育っていたが、6月の梅雨に入ってしばらくすると、大きな葉が黒くなって枯れ、茎も黒くなっていた。専業農家の知人に話すと「疫病」だと言う。消毒しないといけないと言う。しかし、私は放置した。私は農薬を使いたくなかったのである。梅雨の終わりごろには、絶望的に思えたが、梅雨が明け、7月の強い日差しが当たるようになった日曜日に畑に行って見ると、トマトは生き生きと芽を伸ばし始めていた。「疫病」は完全に姿を消していた。
  



この写真が、そのときのものである。トマトは、根元あたりから7本くらいの茎を伸ばしている。5本のトマトのうち1本には根元の茎に芯食い虫が入って、オガクズのような粉を出していた。これも処置することなく放置したが、トマト全体にはなんの被害も起きなかった。写真のように綺麗なトマトの実がたくさん収穫できた。収穫は7月の半ばから10月末まで続いた。                                   

写真の中に白い紙が見えるが、これはブドウ用の袋である。トマトの青い実に袋をかけるのである。目的は鳥からの、特に鴉の被害を避けるためであったが、効果はそれだけでなく、極めて綺麗な実を作るということも実現された。この年以降もブドウ用の袋を使ってきたが、その効果は大きい。しかし、逆効果になることもある。暑い日が続くと、ときどきヨトウムシが袋の中に入って、実をかじっていることがある。
こうなった実は捨てるしかない。効果があるものには逆効果もあるわけである。

このトマトは8月の末に、最も多くの実を収穫することが出来たが、それらの実は7月の晴天の続くころに花をつけたものである。このころの花には勢いがあり、虫の活動も活発であり、実がつきやすいのである。このトマトの味は、最高である。会社の同僚10名ほどにも食べて貰ったが、誰もがこのトマトに驚いていた。夏の太陽をいっぱいに浴びて育ったトマトが美味しいのは当然と言えば当然である。

平成11年になって、脇芽を全て伸ばすトマト栽培を更に拡大した。3月20日に種まき用のパットに2種類の種を蒔いた。新栗原と、豊金福寿の2種。新栗原は1400グラム、豊金福寿は1個230グラムが標準の大玉トマトである。

4月9日に豊金福寿、4月11日に新栗原が発芽。

5月4日に豊金福寿、5月8日に新栗原をポットへ植え替え。

5月22日に豊金福寿14本、新栗原5本を定植。5月29日に新栗原5本を追加し、豊金福寿1本を新栗原に植え替え。都合、豊金福寿13本、新栗原11本、計24本を栽培。

次にトマトの収穫数を表にしておく。

* 品種 豊金福寿 新 栗 原 合   計
収穫月 * 13本 11本 24本
  収穫日      
7月 31 6 0 6
8月 7 32 4 36
   14 43 13 56
  21 51 41 92
  28 100 27 127
9月 4 79 11 90
  11 90 52 142
  15 31 33 64
  18 49 48 97
  23 44 54 98
10月 2 49 55 104
  9 11 14 25
  11 8 9 17
  16 39 30 69
合計   632 391 1023
1本当   48.6 35.5 42.6
1本当2   52.7 35.5 44.5








 私は、この平成11年のトマト栽培で本当はトマト1本当たり60個以上の収穫を狙っていた。というのは露地栽培のトマト栽培では1本当たり60個くらいが限度であると言われていると何かの本の中で読んだことがあったからだ。しかし、結果は42.6個だった。この結果について弁解がましいことを言うと、この年の78月の雨は尋常ではなかった。78月の62日のうち、雨の降らない日が10日にもならないほどだったからである。ここの写真にも載せているが割れて腐ってしまったトマトの数は夥しいものがあった。畑に行ける日が週に1回のペースであるため、腐る前に収穫することが出来なかったのである。もう一つ、豊金福寿のうちの1本が、何故か花が咲いても決して実をつけないものが1本あったのである。確かな理由はわからないが、遺伝子異常か何かがあって実を結ばない木が育つことがあるのではないかと思う。この1本を除いて豊金福寿の1本あたりの収穫個数を出すと52.7個になる。

 脇芽を全部取る栽培法というのは、その理由として大きな実がつかないということが言われたりする。しかし、大きな実がつかないわけではない。秤にのったトマトの写真は230グラムが標準の豊金福寿だが、455グラムあった。2倍の重さである。

 このトマト栽培では、トマトの実をつけさせるためにホルモン剤を花につけるといったことや、農薬の使用は一切ない。それでも、この程度の収穫は可能なのである。

 このトマト栽培は、ハウスなどを一切使わず、種まきから全て戸外の常温で栽培している。そのようにして栽培したとき、大玉トマトでは収穫が8月末から、9月はじめ、特大トマトでは9月中に最盛期を迎えるということは、よく記憶しておきたいところである。この頃がトマトが一番美味しくなる季節でもあるのである。

 この年のトマトについて、今ひとつ特徴的なことを書いておきたい。

一つは、苗の定植についてである。定植に当たっては畑の雑草を取り除いた後に、直径35センチ、深さ30センチ程度の穴を掘り、半年ばかり日ざらし、雨ざらしにした草堆肥を埋め、有機配合肥料をいれて土とよくかき混ぜたのち、苗を斜めにして茎を10センチくらい埋めた。畑からとりのぞいた雑草は畑の外に出すわけではなく、トマトの周りに敷いてやった。

 定植後は、畑の周りに生えている草を刈りながら、トマトの畑全体に敷き詰めた。

いま一つは草丈の高さである。大体4メートルの高さになっている。大変高いわけである。このように高くなったトマトの茎を折れたりしないようにするには工夫が必要だ、ということである。この4メートルにもなるトマトの草丈をどうするか、それを考えながら新たな試みをしたのが平成12年のトマト栽培である。

 次に、平成12年のトマトの写真を5枚載せておく。

 

 


 


 このトマトの特徴の一つは、平成11年秋、こぼれ種が発芽したものを、越冬させたものだということである。普通のトマト苗は年が明けて暖かくなり始めて種を蒔いて栽培するのであるが、この12年のトマトは前年秋に発芽したものなのである。このトマトの苗は、庭の植木鉢の中に生えていた。多分、台所のゴミをペールの中で堆肥化させて植木鉢で使用していたから、そこから出た種だろうが、何と言う種類のトマトか見当がつかない。

 秋になると、普通10月半ばにトマトのこぼれ種が発芽して少し大きくなるが、花が咲く程度にはなっても実をつけたり熟したりすることはまず無いと言って良い。冬の寒さで殆ど枯れ死してしまうのである。私の住んでいる松山市では冬の気温はマイナス2度くらいまで下がる。氷が薄く張る程度である。トマトにとってはこの寒さは普通堪えられない。しかし、この苗を植木鉢に植えてビニールの袋をかけてやり、特に気温の下がりそうな夜には家の中に入れておいてやれば、何とか冬の間も枯れ死することなく越冬することが出来る。ビニールハウスの中で温度を上げて栽培すれば、もちろん問題なく越冬するのであるが、私のトマト栽培はハウス栽培ではなく、露地栽培であるから、ハウスの中のトマトはまったく別の話である。

 このトマト、3月になってビニールマルチをして定植してやったが、5月になるまで殆ど生長しようとしなかった。冬の1月2月頃は全く芽を動かす気配がなかった。蕾がついている程度に生長させて早く定植し、マルチをすることによって早くから生長させ、長い期間収穫を確保しようと目論んだが、結果は裏切られた。春4月、5月に販売されているトマト苗と同様に、5月にならないと葉や茎を伸ばすことが無かったのである。しかし、生長をはじめてからの生長振りは目を見張るものがあった。脇芽を取らないから、根元に近いところの葉の付け根から何本もの脇芽が育ち、それぞれが主茎であるかのように成長し、それぞれが花をつけ、実を着けたのである。7月15日に最初の収穫をし、8月5日に最大の収穫をして8月の下旬に収穫を終えた。1株から収穫したトマトは177個であった。私のそれまでのトマト栽培では10月初旬までは十分に収穫が続けられるから、今回もそのようになると期待していたのだが、8月中に終わってしまった。

 自分の目論みは十分には達成されなかったが、それでも私はそれまでに見たことの無いトマトの姿と、その大きな可能性を感じ取るには十分なものだったのである。

 このトマトが、どうしてこんなに大きく成長できたかというと、養分となる草や腐葉土を大量に埋め込み、有機配合肥料をたくさん与えていたからである。今ではトマトに限らず、どの植物もがそうであると思うのだが、植物というのは自分が芽を出した土地が養分に富んだ土地であるかどうかをいち早く察知して、富んでいると感じればどんどん芽を膨らませ大きく育とうとするということである。逆に養分が少ないと感じれば小さいなりに花を咲かせ、種子を残そうとするのである。動物の場合は栄養状態が悪いとそれだけで餓死したりして生き残ることが出来ないが、植物の場合は餓死するのではなく、体を小さくして種子を残そうとするようである。だから、この年の私のトマトは豊富な栄養分を察知して成長をはじめた瞬間から「モリモリッ」とした容姿を見せたのである。しかし、大量に与えた養分を吸収し尽くすと生長が止まってしまい、肥大化した体を維持するための栄養も確保できなくなって急速に老化してしまったわけである。マルチをしていて追肥をためらっていたこともあるが、それでも腐葉土を根元に与えたりもした。このような栄養不足になったトマトに効果的に養分を吸収させることが出来れば、もっと長期にわたって収穫を続けられたであろう。

 脇芽を全て取る一本仕立てのトマトと違い、全ての脇芽を伸ばすこの栽培では、支柱が一本というわけにはいかなくて、キュウリネットを横に張って、その上にトマトの枝を這わせるという方法を取った。キュウリネットは2枚を使って広い面積を確保した。それぞれの枝は3メートル程になった。正直なところこれほど大きくなると扱いが大変である。

 トマトの実は177個の収穫であったから、露地栽培での1株のトマトの個数としては大変多いわけであるが、収穫されたトマトの味はどうであったかというと、まずいということではないが酸味の非常に強いトマトであった。意外であった。しかし、あらためて考えてみると酸味の強いトマトになる条件はいっぱいある。肥料分が多いこと、梅雨の時期に玉太りしていること、各枝の第一花についた実が多いことなどである。一般にトマトは肥料をたくさん与えると酸味の強いトマトになる。又、日照の少ない梅雨時期のトマトはすっぱい。そして、トマトは下から上に向かって花・実を着けていくが上の方へ着くほど酸味が取れていくのである。だから、この年のトマトが酸味の強いトマトになってしまったのは当然といえば当然だった。しかし、私は甘いトマトを期待していたのだった。

 トマト栽培では、一般に脇芽を全部取れ、と言われる。しかし、私は脇芽を全部取る必要は無いと考えているし、脇芽につく実は別段劣った実ではない。ただ、私がこの年とその前年に試みたように全ての脇芽を育てるのがよいかどうか、と言うことになると脇芽にもそれぞれ性格があって、取るべき脇芽と育てる脇芽があるということになる。では、どの脇芽を取り、どの脇芽を育てるのがよいだろうか。

 トマトは種から発芽して次々と葉を出していくが、だいたい10枚目と11枚目の中間あたりに一つ目の花蕾をつける。この蕾のすぐ下の葉の付け根から出てくる脇芽は、それよりも下から出てくる脇芽とは全然違った性格を持っている。どのように違っているのかというと、それより下から出てくる脇芽は主茎と同じ性格を持っており、10枚の葉をつけた後に蕾をつけるのである。だから主茎の、9番目の葉の付け根から出た脇芽はさらに10枚の葉をつけた後でないと花をつけない。根っこから数えると19枚の葉をつけた後でないと蕾がつかないわけである。しかし、この蕾がつくと主茎につく蕾と同じように花が咲き、実がついてちゃんと食べられる実になるのである。ところが、主茎の第一蕾のすぐ下に出てくる脇芽は主茎と同じくらいの大きさに生長し、蕾も10枚の葉を出す前に、つまり、3から5枚程度の葉をつけた後に蕾をつけ、全体的にみると多くの蕾をつけるのである。そして枝もたくさんつけるのであり、それぞれの枝に実をつけることが出来るのである。また、主茎の第一蕾のすぐ下の脇芽よりさらに下につく脇芽を全部伸ばすと、これらは主茎と同じ性格を持っているから、それぞれにつく第一果はみな酸味が強いということになるのである。だから、第1花蕾のすぐ下に出来る脇芽を育て、それよりも下の脇芽は摘んでも良いわけである。育てたほうの脇芽はさらに脇芽を伸ばして枝となるから適当な数を考えて伸ばすなり、摘むなりすればよい。そして8月の下旬あたりに太陽の光をたっぷり浴びたトマトをたくさん収穫するにはこの脇芽をたくさん出させて7月の初・中旬に花を咲かせて受精させるようにスケジュールを立てればよいわけである。そうすれば、太陽の光をたっぷり浴びた、糖度の高くて美味しいトマトがたくさん採れるのである。しかし、一度にたくさんの花をつけさせ、順調に玉太りをさせるためには蕾がつき始めた頃にリン酸系の追肥をしておくことも忘れてはならない。魚類の骨粉などがよい訳である。

 

 トマトの栽培で、今ひとつ実験的な試みを続けたことを報告しておきたい。それは、植木鉢栽培である。DIYやよその庭などで、よく、植木鉢や箱の中に植えられたトマトが元気よく育っているのを見かけることがある。私は植木鉢栽培が下手だったので、他の人がどのようにしているのかよく分からなかった。

 大体、植木鉢に何を植えても上手く育たなかったが、平成10年になってやっと植木鉢でトマトの栽培が出来るようになった。そのときの生長の様子を示す写真がこれである。

  
  

 平成10年のものは、二つの鉢に一本づつ植えてある。トマトの品種はイタリアントマトである。それまで、何度試みても上手くいかなかったトマトの植木鉢栽培が、このとき上手く出来るようになったのはどういうことであったろうか。

 私は、前年の平成9年の春頃に、畑で引き抜いた草の根を、使いふるしのビニール袋の上に積み上げておいた。この草の根には土がたくさんついていた。一年経って、草と草の根は土に変わり、草の根についていた土と一体になっていた。この土を植木鉢にいれて、そこにトマトの苗を植えたのである。この土の効果は実に素晴らしいものだった。

 土がついたままの草と草の根を積み上げておいて、自然に熟していった土は、実によく植物を生長させることが出来るのである。よその人が庭先で栽培したり、DIYでプランター栽培されているトマトがどのような土や肥料を施こされているのか、聞いたこともないので分からないが、私はこのようなやり方でトマトの植木鉢栽培が出来るようになったのである。

 トマトの植木鉢栽培ができるようになったことで、私は今ひとつ疑問に思っていることについて実験してみることにした。それは、トマトの「連作障害」についてである。トマトに限らずナス科の植物を同じ土地で毎年栽培すると障害が発生するというものである。全く同じ土を使ってトマトを栽培するには、植木鉢栽培は最も適している。土を変えることなく、そして土の量を変えることなく翌年も栽培することができるからである。私は、この実験を平成10年の土を使って、11,12,13年と連続してやってみた。真中の写真が11年、右の写真が13年のトマトである。残念ながら12年の時の写真が見つからないので載せることができない。記憶では11年と同じくらいの感じだった。10年はイタリアントマト、11年は新栗原、12年、13年は福寿であった。

 トマトの収穫が終わって、茎や葉、根を植木鉢から外に出して捨ててしまうと、その茎や葉、根に含まれている成分が全て失われてしまうから、一葉たりとも失われないように気をつけながら植木鉢の中に埋め込み、ビニールの袋をかぶせて紐でくくって翌春を待った。そのように鉢の外に成分が出て行かないように気をつけてもトマトの実は私が食べているから、その分は確実に失われているわけである。そして肥料や腐葉土などを追加することなく実験を行った。

 結果についてみると、11年のものは最初の年のトマトと全く変わらず、それ以上といってよいくらいの生長をしている。4年目の平成13年のものはかなり小さくなっているが、病気や害虫にいたむこともなく、実を着けている。4年目だからトマトの実が外に出た分だけ成分が減少しているわけで、成長が劣るのは仕方がないであろう。私は、この4年間の実験で、作物の残渣を畑の外に持ち出すことなく、土に戻してやれば「連作障害」というのはあまり深刻なものではないのではないかという結論に至った。ただ、2年目以降、実験では実から失われた肥料成分の補充がないから4年目では小さくなっているので、成分の補充は必要であることは明らかである。

私のトマト栽培の経験について今ひとつ記しておきたいことは、トマト栽培については一度も農薬を使用したことがないということである。トマトについては農薬を使わないとどうにもならないと思うような障害、病虫害に会ったことが一度も無いのである。私にとっては、トマトは無農薬でも栽培し易い作物なのである。