茅茫庵 「 自適農の世界 」
 
はじめに
私の野菜たち
なぜ野菜の栽培なのか
キュウリ
トマト
「自適農」とは何か
ナス
農薬使用から無農薬への道のり
苗つくり
「旬」について
 
 
 
The world of the quiet farming
Introduction
My vegetables
Reason why I grow vegetable
 
 
 
福岡正信の自然農法と茅茫庵
  


農薬使用から無農薬への道のり





 私は、作物の栽培において農薬を使用するか、しないかは各人の自由であり、農薬を無条件に排除するという立場には立ってはいない。それは、私自身が8年間ほど農薬を使用してきたという事実があるし、農薬を使用しないで収穫にいたる方法が見つからない場合もあるということが実感できるからである。

 私が、野菜の栽培に取り組み始めた当初は、無農薬でやりたいと思って始めたし、最初に取り組んだキュウリが無農薬、無肥料でビックリするほどの収穫をあげたのだった。これで、自信をつけたツモリが、翌年から散々な状態になり、農薬を使用しないでは収穫が全くできない事態が次々とおこったのであった。

 2年目のキュウリは蔓や葉が成長せず、実は一夏で3本くらい取れただけであった。

ダイコンは野菜栽培を始めて2年目にして、新芽の中心が縮れてしまうという被害にあい、3年目には黒い小さな虫(カブラハバチの幼虫)がダイコン全体を覆うという状態になった。キャベツはアオムシやヨトウムシに食べられ穴だらけになって収穫に至らなかった。白菜は種を蒔いたあと発芽して双葉がいくつか見えていたのに、翌週になると全部なくなっていた。虫に食べられたのであろうと思い、次の年には苗を庭先で作り、苗を定植した。生長が始まり、葉の数が多くなると芯の中に毛虫やヨトウムシが入り、中心が糞だらけにされたので農薬を散布したが、翌週になるとまたいるので再度散布し、これを一シーズンで4回ほど繰り返したがそれでも収穫に漕ぎ着けることが出来ないでいた。キャベツにも毎週のように農薬を散布したことがある。ナスは実を着け始めたころにニジュウヤホシテントウに葉も実もみんなかじられて、かさかさになり、茶色になって実は一つも収穫できないという憂き目にもあった。このころは虫に困るだけでなく、作物の生長自体が悪くて、石灰を撒き、鶏糞や牛糞堆肥を撒き、有機配合肥料などを撒いていたのであった。

 このような虫害にあって、新米の週末百姓がたじろぎもせず、農薬の使用を拒否しつづけることが出来るものかどうか、疑問である。私は農薬を使わざるを得ないと思ったし、実際に使うようになり、8年間使いつづけた。しかし、農薬はキャベツや白菜には食べるのが嫌になるほどしつこく散布しないと効果がない場合もあったし、農薬散布の経験からスーパーで売られている野菜はとてつもなく大量の農薬が散布がされているのであろうと推測するようにもなった。農薬を使えば使うほど、使いたくなくなったが、なかなか農薬なしで収穫を確保できるという見込みがたたなかった。自分が食べるわずかな量の収穫が適わなかったのである。

 この虫害になすすべの無かった私が、どのようにして農薬の使用を絶つことが出来たのか。その経過を話してみたいと思う。

 私が初めてキュウリを作ったのが平成元年の夏だった。このキュウリは肥料もやらず、土を耕すことも無く、農薬も使うことなく、実に素晴らしい出来具合だった。ところが翌年、同じ畑で同じようにしたのだが作柄は散々だった。ダイコンや蕪も作ってみたが、ダイコンが多少収穫できたが、作柄はよくなかった。初めてのキュウリは肥料なしでよく育ったのに、2年目からはなぜ育たないのだろうか。同じ畑だとは言っても、場所はずらせている。それなのに育たない。ダイコンには虫がつく。やっぱり、肥料をやらなければいけないのだろうか。肥料をやらずに大きく育つことを期待するのは、餌をやらずに豚が大きくなることを期待するようなものだ。そう考えるようになって、まず、苦土石灰や鶏糞、牛糞堆肥を使うようになり、市販の有機配合肥料を使い、菜種の油かす、骨粉、草木灰、を使うようになり、化学肥料である硫酸カリをわずかではあるが使うようになった。これらの肥料を与えてみたが、少しずつ育ちがよくなるという実感はあったが、相変わらず虫が着き、「もっとよく育ってもよいのではないか」、という思いを断つことができなかった。

 そこで、市販の肥料に頼るのではなく、堆肥を自分で作ってみよう、と考え始めた。平成9年、野菜つくりを始めて9年目のことである。堆肥を作るにはどうすればよいか、本を見ると、落ち葉、畳くず、雑草、生ゴミ、剪定カス、麦わら、芝、乾燥鶏糞、油かす、米ぬか、苦土石灰、魚粉、骨粉などを混ぜて作ると書いてある。これくらいの材料を使えば確かに素晴らしい堆肥が出来るとは思ったが、これだけ集めるのは大変である。私が用意できる材料は雑草と落ち葉だけである。苦土石灰と鶏糞、油かすはホームセンターで買うことが出来る。しかし、落ち葉拾いは簡単なようでなかなか骨が折れるし、苦土石灰、鶏糞、油かすは後から堆肥と混ぜて使うこともできる。というわけで、雑草だけを材料にした堆肥を作ることにした。畑の隅にシートを敷き、そこに刈り取った草をどんどん積み上げた。はじめは積み上げた草にシートをかぶせておいたが、翌週になると草が腐敗しはじめており、蛆虫もわきはじめている。そこでかぶせておいたシートをはずし、雨風、太陽にさらしておくことにした。

 この草だけで作った堆肥を、まだ十分には熟していなかったがキャベツの定植時に使用した。直径6,70センチの穴を掘り、この穴に草で作った堆肥と苦土石灰、有機配合肥料を入れ、土とよく混ぜてキャベツの苗を植えたのである。定植して2週間目になると、その堆肥の威力に感動するほどであった。葉がどんどん広がっている。しかし、それまでアオムシやヨトウムシに食われた経験が記憶にあったので「虫がつかないうちに」と3度消毒した。このくらいかけるとさすがに虫は着かなかった。収穫の段になって、外葉を何枚もはがして、中の農薬のかかっていないところだけを食べた。

 平成10年になって、春のキュウリ、ナス、ピーマンでも堆肥を使った。やはり、自家製堆肥の威力は素晴らしいものであった。それまでの勢いとは全く違っていた。こうして、堆肥を使うことを憶えたのだが、作物の生長がよくなってくると、農薬を使うことが次第に遅れがちになってくる。すると、またキャベツにアブラムシがつき始めた。だが、よく見てみると、どのキャベツにもアブラムシがついているわけではない。着いているものとついていないものがある。同じキャベツなのにどうしてアブラムシがつくものとつかないものがあるのか。そのことを考えながらみていると、元気に育っているキャベツにはアブラムシがつかず、根元がしっかりしていないものや、芯が折れて脇芽が出ているようなキャベツにアブラムシがついていることが観察された。アブラムシは、キャベツだからといってどの個体にでもつくわけではないようである。私はこのことに気がついた。アブラムシは個体を選別しているのである。元気な個体を避け、元気のない個体に集まっているのである。堆肥を使うまでは、どの個体もあまり元気がよくなかったのでどの個体にも虫が着くようであったが、堆肥を使って元気に育つ個体ができると、元気な個体では虫がつきにくいため、虫がついていない個体がみられるようになったのである。人は虫ではないため、虫が野菜の個体を選別しているということを知らない。人は新鮮で元気な野菜を好むから、虫も元気な野菜に取り付き、元気な野菜を食べて、いためてしまうと思っている。

だが、違うのである。本当に元気に育っている野菜を虫たちは害さないのである。長い間、野菜を作ってきたベテランでも、「人が美味しいものは虫もおいしいから、虫がつく野菜は美味しいのだ」と言う人がいる。人の味覚と、虫の味覚は同じだ、と言うのである。しかし、私は人の味覚、人が美味しいと思う物と、他の生物の味覚、他の生物が美味しいと思うものとは違うと思う。もちろん、共通の部分もあるのではあるが。牛は道端の雑草や干草を好んで食べるし、聞くところによると豚は人の糞を食べるという。フンコロガシという虫は動物の糞をこのんでたべるという。私の地方では「ハズ」とよぶ「クサマオ」には「ハズムシ」というグロテスクな虫が大量に発生する。

                                     (虫害004)

この虫は、この「ハズ」以外のものを食べている姿をみることは殆ど無い。私自身は一度も見たことが無い。夏の終わり頃「ハズ」が野山を覆う頃になると、どこからともなく現れて大発生し、葉を食い尽くすとどこかへ消えていく。このハズムシは「ハズ」が大好物だが人はこの葉を食べはしない。この虫の味覚と、人の味覚は違う。牛や豚の味覚と人間の味覚とも違うのである。

 虫は、同じキャベツが並んでいても、その中から、自分の食べたいものを選んで食べているのである。それは、あたかも、人が一山のミカンの中から、うまそうなものを選んで食べているが如くである。そして、虫は元気のない個体を選んで食べているのである。

 平成9年に、草だけの堆肥作りに取り組んだが、平成10年にもう一つの試みをした。

「野菜の植木鉢栽培」である。ホームセンターなどでは、植木鉢にトマトやナスなどを植えて見世物にしている。なかなかよく育っていて、植木鉢でよくもこんなに育つものだ、などと感心するが、どのような土を使っているのかよく分からない。ホームセンターは「野菜つくりの土」などという土を販売しているので、これらの植木鉢はそのデモンストレーションなのである。この販売している土を買って、植木鉢にいれ、ナスやトマトの苗を植えれば同じようにできるのだろうが、それでは面白くない。この土を作っているメーカーとホームセンターに儲けさせるだけだ。

 観葉植物や花の栽培では、赤玉土、鹿沼土、腐葉土を混ぜて植木鉢にいれ、苗を植えればよく育つことを既に知っていたが、その土では野菜は育たなかった。だから、野菜を生長させる植木鉢の土とはどのようなものだろうかと、ずっと疑問に思っていたのである。

ところが、平成9年に私の母が田の土を肥料袋に入れて、そこにミニトマトを植えているのを見たのである。そして、それが実によく生長していたのである。私はこれにヒントを得て、田の土ではなく、雑木林の腐葉土と土を採取して、使い古した鹿沼土、赤玉土、有機配合肥料を混ぜて大きな植木鉢にいれ、ナスの苗を植えた。

(ナス002)

 これが、そのときの植木鉢のナスである。このナスはものすごい勢いで生長し、実を着けた。驚いたことに虫が全く着かず、農薬を散布する必要が全然無かったのである。何が幸いしたのか、極めて明瞭である。雑木林の土と腐葉土である。雑木林の土は、表面に落ち葉が重なり、その下に腐葉土があって、さらに腐葉土が熟して黒い土になったものが混じっている。この土が実によく作物を生長させ、それによって虫を遠ざけているのであった。

 草だけをシートに積み上げて、雨ざらし、日ざらしにして作った堆肥、雑木林の土と腐葉土、これらは、作物を極めて元気に育て、虫を遠ざけるのだということが分かったのである。

 平成10年の春には、ナス、ピーマン、キュウリに平成9年から作っていた草の堆肥を使って作柄は飛躍的に向上したのだが、10年秋の冬野菜に向けての植付けには堆肥が出来ておらず、使える堆肥がなかった。私はダイコンや蕪、春菊などの冬野菜は8月末の土曜日あたりに種まきをすることにしていた。使える堆肥がないので、とりあえず、畑の中や畑の畦に生えている草を刈り倒して畑の中に敷き、草が枯れたところを見計らって、草を掻き分け、簡単な溝を作り、種を蒔くことにした。溝は鍬を打ち込むことなく、土の表面を軽く削るだけにした。ダイコンや蕪は芽を出し、双葉から、本葉になった。3週間、4週間経っても虫がつかなかったので、虫がつくまで農薬を使わずにおいてみようと思った。すると、不思議なことに、とうとうダイコン、蕪には虫がつかなかったのである。実に妙であった。以来、ダイコンをこのようにして栽培してみたが、11年、12年、13年と虫がほとんど着かず、農薬の使用は全く不要であった。14年は暑い夏が続き、土が乾燥してダイコンシンクイムシが発生したが、それでも農薬の使用はしなかった。

 土を掘り起こさず、草をしいてダイコンの種を蒔くと、どうして虫が着きにくいのだろうか。本当の理由は今でも全くわからないのだが、仮につぎのように解釈しておくことにする。ダイコンは夏の暑さがまだ強い残暑の季節に蒔くのがよいのだが、土を掘り起こすと土が乾燥しやすくなり、幼いダイコンにとっては厳しい環境となる。ところが土を掘り起こさず、草を敷いておけば、土の乾燥はかなり穏やかなものとなり、さらには湿潤な状態が確保され、ダイコンの幼苗期にとって好環境となるのである。

 このような経験を経ることによって、虫害に関する私の認識は急速に変わっていった。

無農薬の野菜栽培を目指して始めた野菜つくりが、2年目にして挫折し、8年続いた農薬使用の中で、農薬の使用はやむを得ぬもの、という考えに傾いていた自分の前で、農薬を全く必要としない事態が次々と現成したのである。平成9年から10年の経験は私の野菜栽培にとって画期的なものになった。虫害に関する私の認識の変化は、「無農薬栽培は可能である」という確信が生まれたことである。そして、この確信の内容はその後徐々に整理されてきたのであるが、一言で言えば、「元気な野菜には虫が着かない」ということである。「虫が着かない野菜は元気だ」というのとは違うのである。「虫が着かない野菜は元気だ」という考えに立てば、「農薬を使えば野菜は元気に育つ」ということになる。「元気な野菜には虫が着かない」という立場にたてば、「元気な野菜に農薬はいらない」ということになる。そして、この「元気な野菜には虫が着かない」という見方は、「虫は野菜の個体を選別している」という見方と一体のものである。また、「虫が着かない野菜は元気だ」という見方は、「虫はどの野菜にも食いつく」という見方と一体である。

 ところで、虫が野菜に群がるということは、どんな風にして行われるのであろうか。アオムシはモンシロチョウの幼虫である。アオムシはアブラナ科の植物が好物で、キャベツが特別に好きである。キャベツの苗を植えておくと、いつのまにかアオムシが食いついている。このアオムシはいったいどこからやってくるのだろうか。駆除してもまたやってくるアオムシはどうやってキャベツに到達するのであろうか。私はずっとこの疑問を抱いていた。晴れたある日曜日に、私はその答えを偶然見つけることが出来た。庭先でキャベツの苗を育てていたのであるが、このキャベツ苗のまわりでモンシロチョウがひらひらと舞っていた。やがてモンシロチョウはキャベツの葉にとまり、お尻を葉にくっつけた。しばらくして、モンシロチョウは葉から離れて、またひらひらと舞い、再びキャベツの葉にとまり、同じ動作を繰り返した。そのチョウがお尻をくっつけたところを見ると、白い小さな楕円体の粒がくっついていた。モンシロチョウの卵のようである。7日間観察をつづけたところ卵はなくなり、替わりにやっと目に付くほどの虫になっていた。そして、そこには食害の跡がついていた。モンシロチョウの卵は孵化すると同時に幼虫となってキャベツを食べ始めるのである。モンシロチョウの親は卵がかえって幼虫になっても餌を与えることが出来ない。哺乳動物や鳥類のように子供に餌を与えることは出来ないのである。そのかわり、孵化したとたんに餌にありつくことができるように餌であるキャベツに卵を産み付けるわけである。

 では、アオムシの親であるモンシロチョウはキャベツとそれ以外の植物を見分けているのであろうか。その答えを得たもう一つの観察を報告しておきたい。

キャベツを2列に定植し、その2列の内側にセロリの苗を植えておいたのだが、そこにモンシロチョウが飛来しヒラヒラとしていたので、どのような行動を取るかしばらく眺めていたのである。期待したとおり、モンシロチョウはキャベツの葉にはなんどもとまって卵を産みつけたが、セロリの葉にとまることはこの日の観察では見られなかった。この観察によると、モンシロチョウはキャベツとセロリを選別していると十分に思えるのである。モンシロチョウがにおいによって選別しているのか、それとも光によって選別しているのか、あるいはもっと別のものによって選別しているのか、私は科学者ではないから分らない。しかし、選別しているということは間違いのないことと思えるのである。

 アオムシがキャベツの葉についているのは、どこかから這いながらやってくるのではなく、親であるモンシロチョウが飛んできてそこに産み付けるからなのである。そして産み付けられたところがアオムシの食糧の山なのである。

 ところで、いくつものキャベツが育っているところで、モンシロチョウはキャベツの個体を選んでとまっているのであろうか。いくつものキャベツが植えられているキャベツ畑の中でたくさんのアオムシが着いているキャベツと、そうでないキャベツが隣り合っているところを見ると、モンシロチョウは選別しているとも思われるのだが、それはどのようにして行われているのであろうか。残念ながらこの疑問に答えを出す事態にはまだ遭遇していない。ただ、モンシロチョウが卵を産み付けている状況をみる限りでは元気そうなキャベツにも、元気がないように見えるキャベツにも同じように卵を産み付けているようである。

しかし、いま一つ興味深い観察結果がある。

 根に土の着いた草を1年あまり積み上げて作った培養土に3月下旬キャベツの種をまき、4月上旬にポットの中に同じ土を使って植え替えた。4月下旬に4日かけてモンシロチョウが4本の苗に12個の卵を産みつけた。それぞれ、7日目に孵化して幼虫になったが58日になって幼虫の状態をみると、1匹だけのこり、他の11匹は微かな食害の跡を残して、消えていた。この結果をどのように評価するかは人それぞれであろう。どのように解釈するも自由である。そこで、私は次のように考えた。モンシロチョウはいろいろな植物の中からキャベツを選んで卵を産み付ける。そして卵は孵化して幼虫になり、足下のキャベツを食べ始める。しかし、分解した草が大量に入っている土で育ったキャベツは虫の咽喉を通りにくい。アオムシは飢え死にした、と。この考え方が正しいかどうかは、私にはよく分からない。しかし、この考えはその後もずっと変わることが無い。私の、野菜栽培の実践の中でこの考えは強固になりこそすれ、疑念が生じたことが一度もない。私は草堆肥を大量に土の中にいれるようになってから、農薬の使用に迫られることがなく、私が無農薬で野菜栽培ができるようになった最も大きな要因だからである。

 もし、アオムシが元気なキャベツを食べることができず、飢え死にしてしまうとすると、モンシロチョウが個体の選別をしなくても、結果的にアオムシがたくさん着いているキャベツと着いていないキャベツが隣り合ってできることの理由の一つが説明できることになる。

 この観察は「元気な野菜には虫がつかない」ということについて「虫の側で元気な野菜を忌避する」という根拠になる観察ではないが、「元気な野菜の元では虫は育ちにくい」ということは推測できる観察結果である。「元気な野菜には虫が着かない」というのは虫がどのキャベツにも同じように取り付いても、元気なキャベツの元では育つことが出来なくて、結果として「虫が着かない」ということであるかもしれない。元気な野菜を観察していて、よく見られることであるが、「虫が食害した跡がありながら、虫はどこかへ行ってしまって見つからない」ということが度々あるのである。

 アオムシではなく、アブラムシもキャベツの芯のあたりによく群がっているが、アブラムシの場合は、飛んで移動できるので、食べたくないキャベツからはすぐに離れて、移動しているうちに、食べたいキャベツに結果的に集中するということも考えられる。

 このような、様々な観察を総合してみると、虫が野菜を食害するのは、虫が口を持っている存在であるからだけではなく、野菜の側にもその原因がある、つまり、野菜そのものが虫の食行動に違いを生み出しているのだ、ということが言えるということである。

 元気な野菜には虫が着きにくく、元気を失った野菜が虫に食われる。人間の理性によれば、弱いものが他の生物の餌食になるというのは非情ではあるが、生物の世界では生命力の強いものを残していくための摂理とも考えられる。

 人間であれ、他のどのような生物であれ、個体を守ろうとする強い意思があると考えられるが、もう一方でどれほど強い生命力を見せつけようとも、結果的には他の生物の餌食になり、他の生物の生存の糧となるという運命を持っている。強い生命力を持っている生物といえども、他の生物を餌食として生きるほかは無く、強い生命力をみせる生物も弱い生命が自己の存在の糧となっているのであり、また、強い生命力をもった生物も、最後には他の生物の餌食となるほかは無い。総合的に見るならば、様々な生物が入れ替わり、立ち代りしてこの世界に現れているだけである。

 ある植物が他のある動物に食べられる、とはどういうことであろうか。動物の側からすればそれは自分の肉体を形成する物質と活動のエネルギーを取り込むということである。植物の側からすると自分の体が解体され動物に取り込まれるということである。そして、一部はエネルギーとして消費され、一部は排泄されることにより、他の生物によって更に細かく解体される。こうして細かく解体された生物は再び、植物の根によって吸収され生命となる。これが、植物の転身である。では動物の場合はどうか。動物は他の動物に食われ、エネルギーとして消費され、又、排泄されて他の小さな生物によって細かく解体され、植物に吸収される。そしてこの植物が動物によって食べられるのである。動物と植物は互いに自己の存在の根拠であり、全ての生命は他の生命が自己の根拠なのである。だから、この生命の世界全体を通して見れば、強い生命も弱い生命もさしたる違いはない。みな同じである。客観的に見ればそういうことになる。

 しかし、この世界を人間が主観的に見れば違った風に見える。

人間が作物を栽培するという立場から、生命の世界を見ると生命の世界は違って見えるのである。

 人間が作物を栽培するという立場、人間の主観の立場から生物の世界をみると、人間の栽培する作物は人間が確実に食べることのできる収穫物になることが必要である。キャベツは結球する必要があるし、稲はモミを確実に実らせなければならない。りんごは赤く実らなければならない。人間の口に確実に入るように実らなければならないのである。ところが、色々な虫たちのキャベツや米、りんごの食べごろは、人間のキャベツや、米、りんごの食べごろとは違っている。人間とは味覚が違うからである。虫たちの食べごろが作物の成長期であれば、虫は人間より早く作物を食べることになるわけである。

 人間がキャベツを食べようと、アオムシがキャベツを食べようと自然自体から見ればどちらも同じことである。どちらもキャベツから栄養、エネルギーを取り入れ、またキャベツを解体するということである。ところが、アオムシ、人間の立場から見れば、どちらがキャベツを食べるかという問題である。アオムシは早々に食べ始める。人間は苗のキャベツを食べるわけにはいかない。人間は人間より先にアオムシが食べ始めるから、アオムシが許せない。人間が食べ残し、畑に放置したキャベツにどれほどアオムシがたかろうと人はアオムシを憎みはしないが、幼苗期にあるキャベツにたかると農薬を散布し、アオムシが食べるのを阻止しようとするのである。

 人間以外の動物や虫たちが作物を食べるのは、動物や虫たちの自然な生命活動であり、なんら奇異なことではない。人間が自分で栽培し、自分の取り分だと固く信じているものを先に横取りされるから、人は「害」だと言っている訳である。そして、人間はこれを阻止するために化学物質であるところの農薬をも使用するわけである。自然の立場からすれば、奇異な行為はむしろ人間の方にある。

 無農薬で作物を栽培するというのは、農薬を使わないで、虫たち人間以外の生物が人間より先に作物を食べることの無いように栽培しようということである。人は自分が栽培している作物を、虫たちより先に食べることができれば、作物の残渣を虫や細菌がどのように食べようとかまわないわけである。むしろどんどん食べて早く解体、分解して再び植物によって吸収される状態になってくれた方がよいのである。

無農薬で作物を栽培するということは、人間が食べごろと思う時期まで虫たちが食害しないような栽培の仕方をするということである。だが、無農薬にこだわらなければ、虫たちが人間より先に食べ始めると、農薬の出番ということになるわけである。

ここで、私が過去に行った実験の一つについて報告しておきたい。

山で採取した何も栽培したことのない土を二つに分け、一方は刈り取った草だけで作った堆肥を混ぜ、もう一方には市販の化成肥料を混ぜて、それぞれ育苗パットにいれ、それぞれ3列の溝を作って白菜の種をまき、白菜がどのようになっていくかを観察するというものである。そのときの写真が次の3枚である。

    
      (虫害001)            (虫害002) 

   

  (虫害003)

 それぞれ、左が草堆肥のパット、右が化成肥料の入っているパットである。時間の経過は左の写真から右の写真へである。左の、草だけで作った堆肥を混ぜたパットでも虫害は見られるが化成肥料が入ったパットとの程度の差は歴然としている。ここで食害した虫はモンシロチョウの幼虫アオムシである。モンシロチョウの幼虫であるから、確認はしていないがモンシロチョウが飛んできて、白菜の葉に止まりながら卵を産みつけたのであろう。虫の数は化成肥料の方が多かったし、白菜を食べる動きがやはり化成肥料のものがはるかに勝っていた。 

 この実験の観察から、草堆肥を使ってもアオムシの食害は皆無ではないが、進行が緩やかであること、化成肥料の使用はアオムシの食害が早いことが確認できた。これは、たった1回の実験であるから、これが絶対正しい結果だという気持ちはさらさら無いが、何度も肥料や草堆肥を使って栽培した結果、感じている傾向と全く同じだから、この1回の実験でも、そう間違った結果ではなかろうと思っている。

 作物が育つ土の中に何が入っているかは作物の重要な環境問題である。化成肥料を入れるか、草堆肥を入れるかは作物にとって大きな意味を持っている。草堆肥を入れても、化成肥料を入れても、表面的には白菜は同じように育っているように見える。しかし、アオムシにとっては草堆肥で育つ白菜と、化成肥料で育つ白菜とは違っているのである。

 人間が虫たちより先に作物を食べようと思えば、虫たちが食べたくないような作物にする栽培法をとればよいわけである。化成肥料を使えば、虫たちは早くから喜んで食べるし、草堆肥を使えば、食べるのが緩やかになる。

 「虫害」というものは、「作物の食べ物」であるところの「肥料」によっても極めて大きな差があるという一つの事例である。ということは、肥料を研究すれば、それだけでも無農薬栽培に大きな可能性を秘めているということでもある。

 

 虫が野菜を食害する状況を観察していると、ある種の野菜に対して、どのような種類の虫も食害するのかというと、そうではない、ということが分かる。ジャガイモやナスの葉にはニジュウヤホシテントウがよく食いつくが、この虫がキャベツや白菜などのアブラナ科の野菜に食いつくことはめったにない。また、キュウリなどのウリ科の野菜につくこともほとんど見られない。逆に、アオムシがナス科の野菜を食害することもめったに見られない。野菜の種類と虫の種類には、それぞれ相関関係があって、ある種の野菜に食いつく虫の種類はだいたい数種に限定されるのである。アブラナ科の野菜にはアオムシ、ヨトウムシ、アブラムシなどがよく食いつく。ナス科の野菜にはニジュウヤホシテントウやカメムシがよくついている。同じアブラナ科でも、ダイコンにはダイコンシンクイムシやカブラハバチの幼虫がつきやすい。それぞれの野菜にはそれぞれに好みの虫がいるのである。

 野菜の種類に応じて好みの虫がいるということになると、虫対策は野菜の種類ごとに行うのがよいということになる。私は、先ほどから、土の中に草の堆肥を大量に入れてやると虫害が減るということを言ってきたわけだが、それでは草堆肥を大量につかえば虫害が全く無くなって農薬の出番を完全になくせるのか、ということになるとそこまでの実績はあげられていない。アブラナ科以外の野菜であるナス科のナスやピーマン、トマトなどでは虫害があるものの特別な手立てなしに無農薬で十分収穫できる。ほうれん草、春菊、アスパラガス、ゴボウ、人参、セロリ、ネギ、キュウリ、カボチャ、ズッキーニ、ミツバ、インゲン豆、ソラマメ、サヤエンドウ、グリーンピースなどでは、農薬も特別の手立ても不要である。しかし、私の現在の栽培法では、アブラナ科の白菜、キャベツ、ダイコン、蕪、ブロッコリー、チンゲンサイ、ターサイなどでは、無農薬で収穫にいたることは十分にできるのであるが、「虫取り」という作業なしには十分な収穫を確保することができない。キャベツ、ダイコン、蕪については虫取りを全く必要としなくてすばらしい収穫を上げたことも何度かあるが、毎回ということは難しい。特に白菜については「虫取り」なしに十分な収穫を確保できたことはない。白菜は大変むつかしい。

 しかし、「虫取り」という作業も思いつくまでは大変な作業であるが、先ほどから述べているように、虫の習性、食性を観察していくとさほど大変な作業ではなくなってくる。野菜の種類によって、虫の種類がだいたい決まってくるし、どのような条件が虫の繁殖を促すのかが分かってくると要領よく、虫取りを進めることができるようになってくるのである。たとえば、キャベツに着くアオムシは卵を1個1個産み付けていくのであり、大体1週間で孵化するが、葉の裏側に産み付けることが多いので、1週間に一度葉の裏側をひっくり返しながら見つけ次第、払い落とすか、つまみつぶしておけば食害をほぼ完全に防ぐことができる。キャベツに着くヨトウムシはやはり葉の裏側に卵を産み付けるが、これは1個1個ではなく、大量に整然と並べて産み付けているので、葉のその部分をちぎり取って、すりつぶしておけば大量発生を防ぐことができる。しかし、大きくなったヨトウムシは地中に隠れたり、出てきてキャベツの葉を食害したり、結球を始めたキャベツの玉の中まで食い込んでいくのでキャベツの芯の中までチェックすることが必要である。アオムシ、ヨトウムシ、その他の虫に限らず、葉に食害の跡を見つけたら、その周辺を綿密にチェックすることが大事である。食害の跡があるところには必ず虫が潜んでいると見てよく、つかまえるまで葉の裏表をひっくり返して探しておかねばならない。そのまま1週間も放置するとかなり大きな被害を受けることになる。

 キャベツにつくアブラムシについては、初期の内なら手でつまんですりつぶしておけば虫がいなくなることもあるが、芯のあたりに大量に発生すると手がつけられない。放置しておくといつのまにかアブラムシがいなくなって結球を始めることもあるが、十分な生長は難しい。このように大量のアブラムシが発生したキャベツについては、キャベツの生長自体に問題があるか、個体自身に問題があると考えてよいわけで、この個体の収穫を諦め、早期に処分してしまう他はない。

 白菜やダイコンの幼苗期に発生するハイマダノメイガはなかなかやっかいである。小さな芯の真中に見えないくらい小さな幼虫が何匹も食いつき、芯を糞に変えてしまうのである。これは雨が少なくて暑い夏の終わり、9月頃に発生することが多いのでそのような条件を備えた年には特に注意が必要である。針のような小さな棒でほじくりながら駆除しておかないと、まともな生長は期待できない。虫は小さいが放置しておくと全滅の憂き目に遭う。

 手で、虫を1匹1匹駆除するということは、気の遠くなるような作業に思えるが、虫の発生の条件や習性、食性が分かってくると、さほど大変な作業ではない。虫の方でさえ、卵を1個1個産み付けているのである。虫にできることが人にできないわけではない。ただ、自家菜園での話であって、販売を目的とした大量生産では、手作業の「虫取り」では手に負えないということにはなろう。大量生産の場合はもっと違った手を打つ必要があると思う。

 野菜に害を及ぼす虫たちは、大部分が昆虫であるから、羽根の無い幼虫期もあるが、成虫となるとほとんどが羽を持っていて飛び回る。だから、野菜の種を蒔いたり、定植した直後に網状のもので覆いをしておけば、卵を産み付けられる危険は相当防ぐことができる。しかし、この場合は、一旦入られてしまって、気がつかないでいると、思わぬ大きな被害を受けることがある。天敵がいなくて、かえって虫の天国になってしまうのである。その辺を十分に気をつけながら使用する必要がある。

 虫の害を受けないためには、土中の成分、人手による駆除、物理的排除の他に、どのようなことがあるだろうか。季節や天候を選ぶということがある。

 植物の種には、それぞれの植物に特有の発芽の時期がある。植物は種を蒔けばいつでも芽を出し生長していくものもあるが、人手で種を蒔くのではなく、自然のままにすると、その種自身が季節を選んで発芽することが分かる。菜の花などは、花が終わっても放っておくと自然に種が落ちて、8月半ばころになるといつのまにか芽を出し、葉を広げ始めている。

このような時期に、同じアブラナ科のダイコンや白菜の種を蒔くと、生長に著しいものがある。この時期はモンシロチョウの活動も割と少ない。モンシロチョウが活発に活動するのは春から初夏にかけてである。この時期にキャベツが生長するように植え付けてしまうとキャベツはアオムシに穴だらけにされてしまうが、時期をはずせば活動はずっと少なくなるのである。

(キャベツ002)

 このキャベツは6月の終わりに定植し、秋になって本格的に生長させる予定で植え付けたものであるが、7月の半ばから11月の終わりまで、虫取りをすることなくして、虫の被害はこの程度で済んでいる。8月の暑い時期はアオムシの活動はあまり活発ではないのである。9月の半ばになると一般に青虫の活動が活発になるが、それでも虫取りなしでこのように虫害のないキャベツを栽培することは可能になってくる。キャベツについては、9月の末に種を蒔き、11月初旬に仮植えをして苗を太らせ、12月初旬に定植して、3月から5月ころに一気に生長させるようにすれば、寒い時期が重なるので虫の活動は少なく、従って虫害も極めて少なくなる。虫取りを全くせずとも次の写真のように綺麗なキャベツが収穫できることもある。

   

(キャベツ003)                  (キャベツ004)

このように綺麗なキャベツが苗つくりから収穫にいたるまで、全くの無農薬、無防除で作ることもできるのである。虫の活動が活発な時期とそうでない時期、そして野菜の生長が活発な時期とそうでない時期をよく見極めて、種まきの時期を決めることによっても、虫害は劇的に減らすことができるわけである。

 虫の発生は、天候によっても、大きな差違がある。虫が多く発生する場合や、虫が少ない場合が、天候によって生ずるのである。アブラナ科のダイコン、蕪、白菜、チンゲンサイなどは愛媛県では大体8月中旬から、9月中旬の間に種まきをするのがよいのであるが、この1ヶ月の間にも、種まきの良い日と、あまりよろしくない日があるのである。それは特に天気の状態によってその差ができるのである。ダイコン、白菜はお盆の頃に種まきをすれば、大変よく生長する一方、この時期はまだ気温が非常に高く、晴天が続いて、土が乾燥しているような年には、ハイマダノメイカ゛(ダイコンシンクイムシ)が大発生し易い。だから、晴天の続く8月には種まきをしないで、少し様子をみてみる必要がある。時々夕立などの雨が降って、土が湿っているような8月であれば、お盆の頃に種まきをするのがもっともよい。しかし、土が十分に湿っているような夏は少ないので、8月の半ばになれば、天気の長期予報に気を配りながら、いつ雨が降るかを予測して種まきの日を決めていく必要がある。雨が降った直後の晴れの日に種まきをすることができれば、大変具合が良い。しかし、私のように週一日の畑仕事の場合は、休日の直前に雨が降ってくれるとは限らない。この場合は次善の策として、雨の日直前の休日を種まきの日とするのである。この場合は、土が乾燥しているから、水をかけておくこととなる。土が適当に水分を持っていれば、「畑」で作物を作る場合はまず水撒きの必要はないのではあるが。

アブラナ科の種まきは8月中旬から、9月中旬までが良いといっても、湿り気さえ良ければ、早ければ早いほど、作物の生長は旺盛であり、早いことは良いことである。しかし、天候は、未来のことであり、今判断するには勘に頼るしかない。作物を作るには日頃から天候にも大きな関心をもって勘を磨いておくことが大切なのである。

 私の場合は、畑に種をまくと1週間後でなければ畑に出向くことができない。害虫の発生は作物の幼苗期に特に大きなダメージを与える。だから、天候に関わらず、幼苗期を無事に過ごすために白菜などの葉菜については自宅の庭で苗を作って、害虫を丹念に排除しながら、少し大きめの苗にして定植する。これもまた害虫による被害を少なくする一つの方法なのである。しかし、同じアブラナ科の野菜であってもダイコン、蕪は根菜であるから、苗を作って定植するという方法は使えない。この場合費用がかかるが、むしろ寒冷紗で覆っておくというのも一つの手である。何年も繰り返しつかえる寒冷紗を買えば、費用は割安になる。