茅茫庵 「 自適農の世界 」
 
はじめに
私の野菜たち
なぜ野菜の栽培なのか
キュウリ
トマト
「自適農」とは何か
ナス
農薬使用から無農薬への道のり
苗つくり
「旬」について
 
 
 
The world of the quiet farming
Introduction
My vegetables
Reason why I grow vegetable
 
 
 
福岡正信の自然農法と茅茫庵
  


苗つくり




 

色々な作物の植付けの時期になると、専門の苗物屋さんだけでなく、DIYや、スーパー、八百屋さんの店先にまで野菜の苗が並べられ、野菜つくりを楽しもうとする人たちが、これを買い求めている。安い苗は1本30円位から、高いものは300円程度で売られている。私は、自分で苗を作りもするが、こうした苗を買い求めて定植することもよくある。特に、ピーマンやパプリカ、辛子、などのようにあまりたくさん植える必要の無いものは苗を自分で作るメリットが少ないので、苗を買うことになる。トマトやナスは買い求める場合もあるし、自分で作ることもある。自分では温室でつくることができないので、春早めに栽培するときには、こうした苗を購入して定植する。ナスは常温で苗つくりをすると植え付けることができるようになるのが6月半ばころになってしまうので、早めのナスを食べるためには温室育ちのナスの苗を買うのである。苗を買うのは、趣味や家庭菜園を楽しむ人たちだけではない。農家でも自家用の野菜苗は購入している人は多い。私の畑の近くで専業のキュウリ栽培をしている農家があるが、このキュウリ農園で植え付けられているキュウリの苗は種苗屋さんで育てられた接木苗である。プロの農家でさえ、苗を購入しているのである。

苗を作るということは、苗を買ってきて植えているだけの者にとってはさほど大変さを理解することができないが、苗つくりこそが難しいことである。だからこそ、苗を売る商売が成り立っているわけである。一粒一粒の種はソラマメの種のように、20円から50円くらいするものが無いわけではないが、大抵は1円にも満たない。それが苗となると一本30円から300円程度になる訳である。そのようになるのは、苗つくりが難しいことだからである。

キャベツの苗は一本50円くらいで売られているが、キャベツを収穫してみると豊作のときにはスーパーで一個50円くらいで売られている。こんな具合になると、苗を買って自分で栽培しても、栽培の楽しみはあっても、実利は無いということになる。時には植えた苗が枯れるということもあるから、損をするということにもなる訳である。キャベツや白菜、ブロッコリー、チンゲンサイ、レタスなどは大体一本50円前後で売られているから、余程うまく作らないと実利はない。

そういうわけで、私は初めてキャベツの種まきを試みたのであった。平成4年ごろであった。7月頃が種まきの適期だということで、7月に畑の隅に苗床を作り、種を蒔き、厳しい太陽を避けるように覆いをして発芽を待った。一週間後に数個の双葉が見られた。ところが翌週にはキャベツの姿は見えなくなっていた。双葉は虫に食われたのかどうか分からないが、とにかく完全な失敗であった。よその畑をみると、畑の一角でよくキャベツの苗が作られているのを見るのだが、自分は完全に失敗した。「苗くらい簡単に作れる」と思っていたのだが簡単ではなかった。苗つくりが上手くできるようになってきたのは、平成9年頃からである。畑には、一週間に1回しか行けないから、葉が柔らかな時期に十分な管理をすることができない。そこで庭先で苗つくりをすることにした。庭は畑ではないから、種まきは育苗箱(パット)を使うことにした。問題はこの育苗箱のなかにいれる土である。いつだったか記憶が薄れたが、このとき以前に「苗つくりの土」とかいう土をDIYで買ってきてプランターの中にいれ、種をまいたがうまくできなかったことがある。そういうわけでどのような土を使うべきか思案していたのである。花を作るのに具合の良い赤玉土、鹿沼土、腐葉土の混合土で試したこともあるがあまりうまくいかなかった。苗を作るために土を買ってくるということにも気持ちが釈然としなかった。

そういうわけで、土は身の周りで確保できるものを使うことにした。土は雑木林で採取した土、杉林で採取した黒い土、引き抜いて土のついた草をシートの上に積み上げておいてできた土、ゴミペールの中で野菜くずと土を混ぜてできた土などを使って色々な苗の育苗をためしてみた。杉林の中で採取した黒い土と雑木林の中の土は同じ程度の出来具合であったが、私が確保できる杉林の土は黒土の層が極めて薄く、小石がたくさんあり、採取の効率が悪いということで、その後は全く採用しなくなった。現在、最もよく使うのはクヌギ林で採取した土である。簡単に手に入り、すぐに使える良質の土だからである。土と根のついた草を積み上げて作った土も、野菜くずを使った土も使っている。どちらも苗作りには良い土である。

採取した土は木の根や小石、熟していない枯れ葉などが混じっているから、フルイにかけて細かい綺麗な土だけを確保し、これを育苗箱(パット)にいれ、ならした後、種を蒔き、土を軽くかぶせて、水をかけ、発芽を待つのである。この土には、細かい腐葉土やアブラカス、糠などで作ったボカシ肥を混ぜたこともあるが、何も混ぜないで種まきするのが一番良いようである。

私が、自分で作ったことのある苗の種類は、トマト、ナス、キュウリ、カボチャ、ズッキーニ、枝豆、インゲン豆、ソラマメ、グリーンピース、キャベツ、白菜、ブロッコリー、チンゲンサイ、ターサイ、広島菜、レタス、トウモロコシ、セロリ、アスパラガス、等である。豆類は、本当は直接蒔く方が良いのだが、直播すると動物や鳥に取られてしまうという経験を繰り返したので、庭先で苗を作って定植するようにしたのである。

(001) (002 ブロッコリー) (003 キャベツ)
(004 白菜)  (005 ネギ) (006 キュウリ)
(007 アスパラガス) (008 ナス)  (009 トマト)

                                  

これらの苗は、いずれも庭先で育苗中の苗である。カボチャ、ズッキーニなどは4週間くらいで定植できるが、3月種まきのナスの場合は定植までに3ヶ月ほどかかる。どのような種類の野菜でも、気温によって生長の速さがかなり違ってくるので、種まきの時期によって育苗期間は大きく違ってくる。ナスの場合6月始めに種まきをすると1ヶ月半くらいで定植できる。

次に、白菜の苗作りを例にとって私のやり方を少し詳しく話してみたい。

(010) 8月24日 (011) 8月27日 (012) 8月31日
(013) 8月31日 (014) 9月12日 (015) 9月21日

                                   

白菜の種まきは、8月の半ばから可能であり、この時期になれば時期が早いほど生長の勢いが良い。盆になると、種まきをどのようにするか判断しなければならない。というのは、白菜の場合、苗を作って定植するのではなく、直接畑に蒔くというやり方もごく一般的なやり方だからである。白菜の場合、苗を定植するより、直播のほうが本当はよいようにも思えるのであるが、私の場合は苗を作ることが多い。直播の方が、生長が始まると勢いよく葉を広げ、生長状態が良いように思う。しかし、私の経験では発芽が揃わなかったり、一週間畑に行かないために、虫に著しく傷めつけられるという経験をしているので、幼苗期は庭先で保護しながら苗つくりをすることが多いのである。とくに8月に晴れた暑い日が続くと、虫が発生し易くなるので、直播にするか、苗にするかを判断するわけである。天気の予想や、虫害の予想が主な判断材料であるから、これは直感によって判断するしかない。一つの賭けでもある。判断しなければならないのは、「苗作りをするか、直播か」という問題だけでなく、いつ種を蒔くか、という時期の問題である。これも天候を予想しながら直感で判断することになる。絶好の種まき日というのは、ほんの数日、2、3日しかないと言う人もある。種を蒔くことのできる日は、私にとっては一週間に2日(,)しかなく、絶好の日を選択するには条件はよくない。白菜の種まきは愛媛県の低地では8月中旬から9月の終わりまでとされているが、この45日ほどのうち、どの日を選ぶかが問題なのである。どの日を選ぶかは、その日までの天気の状況とその後の天気の予想をしながら、土曜日の朝、または日曜日の朝に決断するのである。

この年の種まきについては8月24日を選んだ。3日後の8月27日にはだいたい芽が出揃っている。8日後の8月31日には双葉の他に本葉が出始めており、この時に育苗ポットに植え替えている。小さめのポットである。この小さ目のポットで2週間ほど育苗し、9月13日に少し大きめのポットに植え替えている。これをさらに1週間育苗して9月の21日に定植した。育苗期間はだいたい4週間である。この白菜は65日取りの品種であるから、だいたい11月の頭には収穫ができることになる訳である。

種まきの時期が春になる作物の場合、たとえばトマト、ナスなどの場合は、育苗箱に種を蒔いた後、キッチンペーパーをかけて置くことが多い。

育苗箱の中でばら蒔きにした種が発芽して一週間後の、ようやく本葉が1枚出始めた時期にポットに植え替える理由は、これ以上時期を遅らせると小さな苗が競りあって、病気や虫がつきやすくなり、また根から双葉までの茎が間延びして徒長苗になるからである。その結果、育苗箱の中でも小苗が倒伏して枯れるのである。そこで、だいたい種まき後一週間して、ポットに植え替えるのである。直播では、実際に育てる白菜の数よりずっと多い種を蒔き、「間引き」をするのであるが、育苗箱からポットへの植え替えのときに苗を選ぶので、ここで間引きが行われているわけである。しかし、ポットに植え替えるときには実際に畑に定植する数より2倍から3倍のポットを作る。ポットの中での生長具合によって使える苗はずっと減ってくるからである。ポットで育苗しても、虫に食われたり、根が傷んで枯れたり、中には生長点のない苗ができて使い物にならないものになったりするのである。白菜では、生長点が無く、2枚くらいの本葉がやたら早く大きくなる苗ができる確率が高い。生長点が無い苗も、辛抱強く待てば生長点ができてくる場合もあるが、このような苗を植えても発育は順調ではない。ポットの中で順調に育った苗でも、畑に定植すると、そこで活着することができないとか、早々と虫に食われてしまって生長のおぼつかない苗も出てくる。こうした時には、躊躇無く別の苗に取り替えることも必要である。このような理由によって、実際に畑に定植する数よりずっと多い苗を作っておくのである。ついでの話ではあるが、定植したての苗が枯れたり、不具合が生じたときは、その植え穴の周りの土に何らかの問題があることも多いので、その植え穴の土を入れ替えておくことも必要なことである。

小さめのポットで2週間ほど育苗した後、少し大きめのポットに植え替えるのは、苗の発育を一層早めるためである。ポットで苗を育てると、ポットの中の栄養分は苗に吸収されて栄養が不足になってくる。そこで肥料成分を与えるということになるのだが、土の上から肥料をやるよりも、育苗用の土を直接苗の根回りに与えるほうが大きい効果があるのである。そして、ポットからポットへ植え替えるときに2回目の間引きが行われているわけである。苗に与える栄養分の量の問題について言えば、小さ目のポットから大き目のポットに植え替えなくても、最初から大き目のポットに植えておけば、栄養量は同じになるではないか、と思われるかもしれない。しかし、栄養の吸収はポットの中の栄養量が同じであれば、同じように吸収されるというものではない。白菜の根は満遍なく土の中に張り巡らされるのではなく、放射状に外に向かい、ポットの壁にあたって、壁に沿ってぐるぐると巡るのである。だからその外側に新しい土を与えることによって根の養分吸収が飛躍的に促進されるのである。

ポットの中に苗を植え付けるとき、特に注意するのは、双葉の出ているところまで土を入れるということである。植え替えるときもそうである。双葉の付け根から下は、いわば「首」のようなもので首から下をしっかり固定してやらないと成長していく葉の部分が傾き、よい苗にならないのである。

庭先で、ポット育苗していても、モンシロチョウやハイマダノメイガなどの昆虫のほか、ナメクジなどが苗を食べにくる。土地柄であろうか、松山市では庭にナメクジが大量に発生する。モンシロチョウやガについては農薬使用を許容する人の場合は、農薬をかけるという手もあるが、ナメクジは葉に農薬を散布してもほとんど効果は無い。私自身はチョウやガには、農薬を使ったこともあるが、いまは育苗期でも農薬は一切使わないで、手で一匹一匹の虫を駆除している。目に見えないような小さなハイマダノメイガの幼虫は爪楊枝のように細く尖った棒を使ってほじくり出して駆除する。晴天続きの暑い夏は特によく発生するのでこの作業はおろそかにはできない。しないと全滅することもある。

ナメクジについても、一匹一匹駆除したこともあるが、夜中に出てきて這いまわり、食害するのでこの方法では限界がある。いろいろ考えていたときに浮かんできたのが、写真(015)に映っている板の枠である。この枠は育苗箱よりも一回り大きく作ってあり、3本の細い針金が渡してある。この針金の上に育苗箱を載せておくのである。要するにナメクジが野菜の苗に近寄り難くするのである。ナメクジはチョウのような羽は無く、這いながら移動するから、この育苗箱のなかの苗に到達するには細い針金を渡るしかないが、針金が極めて細いからわたることができない。このような工夫をすることによって苗のナメクジ被害はほぼ完璧に封ずることができるようになった。

ポットでの育苗中に肥料分が不足していると感じるときがある。このようなときには先ほど書いたように、一回り大きなポットに植え替えるというやり方も一つの方法である。この場合は、とくに「肥料」を混ぜなくても効果は出る。しかし、大きなポットに植え替えるのではなく、肥料を与えることももちろん効果は大きい。今はぜんぜんやらないが、硫酸カリを一ポットあたり二粒づつ与えたことがある。苗は白菜だった。葉の色は濃い緑になって大変元気の良い苗になった。化学肥料ではなく、有機肥料として、草を1年ほど日と雨にさらして作った堆肥を与えることもある。硫酸カリほど目覚しい効果は無いが、安心して使える「肥料」である。虫がつきにくい苗になる。

人間は、個人の生きる権利が普遍的な価値をもつものとして、一人一人の子供の成長が十分に確保されるようにさまざまな保護が施されている。たとえどのような障害をもって生まれてこようと人間であり、その生命は他のだれとも全く同じように生きる権利が保障されなければならない。しかし、人間を除く生物の世界では、保護しあったり、助け合ったりすることは、人間に比べればはるかに低い水準であるにすぎない。人間を除く生物の世界では、たくさんの子供や卵を産み、あるいは種子をつくり、これらの子供や卵、種子のうち運良く生き延びたものだけが、次の世代へと生命の鎖をつなぐことができる。ふつう、「強いもの」「優れた性質を持ったもの」が残り、「弱いもの」「劣った性質をもつもの」が滅ぶというように思われているが、そこのところは私にはよく分からない。自然はそんなに分かり易いものではないように思う。戦場において、勇敢な戦士と臆病な戦士と、どちらが生き残るかといえば、必ずしも勇敢な戦士が生き残るとは限らない。勇敢であるが故に敵に挑み、挑むが故に命を落とすということもあり、臆病なものは臆病であるが故に戦いを避け、戦いを避けるが故に生き残ることもあるのである。

生物の世界では、個々の個体の尊重ということは無いに等しく、種の存続は確率である。夥しい数の種子や卵を産んで、その100分の1、1000分の1、あるいは数万分の1の確率で子孫が確保されればよいのである。それ以外の夥しい卵や種子は、他の生物の餌食となったり、枯れたり、病気になったりして、世代をつなぐことができなくなるのである。

ある植物が運良く生長し、種子をたくさん作って大地にその種子を振りまいても、それらの種子が順調に成長する確率は大変小さい。自然状態、自然のままでは種子は、次の世代の種子を作る成長した植物になることは、大変困難なことである。人間が作物を栽培するに当たって留意することの一つは、この種子を首尾よく苗に生長させることである。植物は、人間の助けを借りることがなくても、種の世代交代を果たして何万年、何十万年という時代を生きていく力を持っている。しかし、人間が作物を栽培するというのは作物の世代交代を助けていくということにあるのではない。人間は作物を栽培することによって作物の世代交代も実現するが、作物栽培の目的はそこにあるというよりも、その作物を世代交代に必要であるより以上にたくさんの作物を生長させることによって、人がその作物を食べることができるようにすることである。人は、自分の栽培する作物をどこまでも保護しようとする一方で、地獄の鬼にも勝る冷酷さで作物を選別し、選別から漏れた植物を邪魔者として排除していく。「雑草」と呼ばれる草を引き抜き、栽培しようとする作物の中からも「間引き」という形でそれは絶えず実践されている。人間が作物を栽培し、幼い苗を大切に育てる「苗つくり」とはそういうことなのである。